【消えた楽園2】夕張 錦沢遊園地

昭和の初め、夕張郊外の「錦沢」に素晴らしい遊園地があったという。
その儚き夢の跡を求め、ジャングルを探検してきました。


錦沢遊園地とは

スイッチバックで有名な夕張鉄道錦沢駅周辺に位置し、同社の経営であった。同駅が山間に位置し、風光明媚なところから周辺には釣堀や小動物園・遊園施設が設置され、市民の憩いの場として春は桜、秋は紅葉の名所として賑わった。また、時には花火大会も開催され夕張からだけでなく栗山・南幌方面からも臨時列車も運行された。

1926年 錦沢信号場開設
1927年 錦沢駅として一般営業開始、以後駅周辺を公園として整備
1963年 豆汽車、豆自動車等の電動遊具を導入
1970年 夕張鉄道の合理化に伴い閉園
(wikipediaより抜粋)
錦沢遊園地

1955年当時。

私の職場の男性(70代)にお話を聞くと、夕張では一番の娯楽施設だったそうです。
WEB上で当時の写真が結構公開されていますが、確かに楽しそうな乗り物がいっぱいあったようです。

廃線後しばらくして錦沢駅やその路線はサイクリングコースとして再整備されましたが、現在は放置状態。
なんか名残りぐらいはあるだろうと思い、期待と不安を胸に現地へ向かいました。


錦沢入口

本当にこんなところに鉄道走ってたのかよ?というぐらいの何も無い所。
遊園地から移築された大きなお地蔵さんが目印となっていますが、それ以外は何の表示もありません。
とりあえずここに車を停めましょう。

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このお地蔵さんの斜め向かいに遊園地へ向かう道路があります。
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A Long And Winding Road

しばらく歩くと、ようやくこの道がサイクリングロードだったんだということが分かります。
鉄路の跡をそのままサイクリングロードにしたらしいです。
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が・・・。
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荒れ放題。進めば進むほどひどくなっていきます。
たしかに今の夕張にはここを整備する余裕なんてあるわけがありません。
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錦沢休憩所到着

ヤブをかき分け30分も歩いていると、突如道が開けます。
サイクリングロード錦沢休憩所です。当然ながら放置状態。
そして、ここら一帯が錦沢駅と錦沢遊園地の跡地なのです。
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遊園地の名残りを探す

少し小高い所に石碑が立っています。
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「錦沢遊園 金谷山人」と彫られているのでしょうか?錦沢遊園地

石碑裏側。見づらいですが、「昭和八年五月建立」と彫られています。
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錦沢駅の名残り

よーく探すと、錦沢駅があった名残りを見つけることが出来ます。
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池の跡かも?

石碑以外に遊園地の痕跡は何もないのかな、と思っていたら、建物の跡を発見しました。
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そしてその近くにパイプの残骸が。
川から水を引き込んでいたパイプの一部では無いでしょうか?
ということはここから先が人工池の跡?(確証全くなしですが)
冒頭の写真の様に、ここでボート遊びをしていたのでしょうか?
閉園から44年後の今、そこはただのジャングル。
全く信じられません!
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石炭

期待したほどの収穫がありませんでしたが、帰り道で石炭を見つけました。
44年前まで、石炭の力でSLを走らせながら、石炭を運んでいたのですよ、
このジャングルの中をスイッチバックしながら。
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というわけで…

残念ながら当時のにぎわいを思い起こす様な痕跡はほとんど残っていませんでした。
最後に昭和33年に作られたという「錦沢小唄」を紹介したいと思います。

錦沢小唄

一
ハアー
花の音信を霞にのせて
招くボンボリ君を待つ
一目千本 一目千本
桜名所の錦沢

二
ハアー
チョイと気軽にジーゼルカーで
乗って楽しい飛行塔
空に夢見る 空に夢見る
かおる岩葉の錦沢

三
ハアー
共に手を取りスイッチバック
八十八ヶ所地蔵尊
ハイキングコースに ハイキングコースに
唄う小鳥の錦沢

四
ハアー
廻る木馬に緑の芝生
可愛い動物人気者
ボート遊びに ボート遊びに
時を忘れる錦沢

おまけ 夕張鉄道 新二股駅跡(栗山町)

夕張鉄道の現存する数少ない建築物であります。大正時代に建てられ、昭和29年に改築されたとのこと。
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